急成長するベンチャー経営者

【自分自身のコピーを作らなければ、組織はスケールしないのか?】

直感とスピードで駆け抜けてきた創業社長が、組織化への恐怖を乗り越えるまで

  • クライアント: 藤原 美咲 社長(38歳)
  • 会社概要: 創業3年で年商10億円規模へ急成長したライフスタイル系ECベンチャー(創業者・CEO)
  • 当初の相談内容: 「VCからの資金調達と組織拡大を進めているが、優秀なはずのマネージャー陣の動きにイライラしてしまう。自分がすべて決定した方が速くて確実なのに、なぜ組織化が必要なのか」

第一幕:完璧主義と、組織化への焦燥

(画面の向こうの藤原社長は、タブレットの資料に素早く目を通すと机に置き、鋭い視線で語り始めた)

藤原社長:

「コーチ、ぶっちゃけ今は1分も無駄にしたくない状況なんです。VCからの調達交渉も大詰めなのですが、株主から『スケールしたいなら社長が現場を離れろ。組織化しろ』と言われましてね。試しにコーチングを受けてみろと提案されたんです。

組織化の必要性は分かっています。だから大手出身の優秀なマネージャー層をどんどん採用しています。でも、彼らの動きを見ていると本当にイライラするんです。私の意図を100%理解して動ける人間が一人もいない。結局、私が後から手直しすることになって二度手間です。

やっぱり、私のビジネスなんだから私が全部の意思決定に絡むのが一番確実だし、スピードも速い。組織化なんて、本当に今の私に必要なんでしょうか?」

コーチ:

「寝る間も惜しんでご自身のエネルギーを注ぎ込み、3年で年商10億円まで駆け抜けて来られた。そのスピード感と妥協のない姿勢があったからこその成果ですね。だからこそ、今の組織化のプロセスがブレーキのように感じられるのでしょうか」

藤原社長:

「そうなんです。私が1秒で決断できることに、彼らは何日もかけて会議をしている。彼らなりにリスクヘッジをしているのでしょうが、私から見れば無駄な手続きばかりに見えるんです。株主は『社長のコピーを作れ』と言いますが、私の直感やスピードを他人にコピーすることなんて、本当にできると思いますか?」

第二幕:前提を揺るがす「一本の問い」

(コーチは、藤原社長が抱く『自分のコピーを作らなければならない』という強い思い込みに、静かに問いを投げかけた)

コーチ:

「藤原社長は、本当にご自身の『コピー』を作りたいと思われているのでしょうか?」

藤原社長:

「……コピー、ですか。

(藤原社長は一瞬言葉に詰まり、視線を落とした。指先でトントンと机を叩きながら、深く考え込む)

……いえ。正直に言えば、私のコピーなんて作れるわけがないと思っています。このブランドは私の感性、私の執念から生まれたものですから。それを他人にそのまま再現しろと言う方が無理です。

株主の『社長のコピーを作れ』という言葉に、ずっと反発を感じていたのかもしれません。『私の代わりなんていない』と。

でも……じゃあコピーを作らないのだとしたら、私は彼らに何を求めたらいいんでしょうか? 指示通りに動く『手足』が欲しいわけじゃない。かといって、私と違う感性でブランドをいじられるのは耐えられない。私が意思決定を手放したら、この会社は私のブランドではなくなってしまう……それが、すごく怖いのかもしれません」

第三幕:正論の鎧を脱ぎ、本音を晒す

(張り詰めていた肩の力が抜け、言葉のトーンがビジネスライクな強さから一人の人間としての本音へと変わっていく)

コーチ:

「ご自身の生き方そのものであるブランドだからこそ、手放すことが恐怖に感じられるのですね。では、外部の数字の目標や株主の期待を一度脇に置いたとしたら、社長は本当はどんな景色を見てみたいですか?」

藤原社長:

「外部の声を、無視していいとしたら……。

(藤原社長は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。しばらくの沈黙ののち、ゆっくりと目を開け、少しはにかむような笑みを浮かべた)

……思い浮かんだのは、ものすごくシンプルな景色でした。

数字や市場シェアではなく、私たちのプロダクトを手にしたお客様が愛おしそうにそれを使ってくださっている姿。そしてそれを見て、社員たちが『本当にこれを作ってよかった』と誇らしそうに笑い合っている景色です。私はその中心にいたい。

規模を追うあまり、ブランドの魂が薄まるくらいなら規模なんて要りません。でも……もしその妥協のない世界観を保ったままスケールさせる方法があるのだとしたら。そして組織化が、自分の城を奪われることではなく、世界観を強固にするためのものなのだとしたら、彼らを信じて『新しい届け方』を一緒に作ってみたい気がします」

第四幕:自分の「コア」を渡し、味方を作る

(藤原社長の目から焦燥感が消え、明確な意思が宿っていた)

コーチ:

「妥協のない世界観、素晴らしい表現ですね。では、その世界観を共有するために、明日の会議でまずマネージャー陣に何を伝えますか?」

藤原社長:

「(手帳を開き、ペンを握りながら)まずは謝ろうと思います。『今まであなたたちの提案を切り捨てて、仕事を奪うような真似をしてごめんなさい』と。

その上で、私が一番大切にしたい『妥協のない世界観』と、自分が何に怯えているのかという弱さも含めて開示してみます。そして、『この世界観を薄めずに届けるための仕組みを、あなたたちの知恵で一緒に作ってほしい』と頼んでみます。

指示を出すのではなく、私の守りたいコアを渡す。……あんなにイライラしていた彼らの顔が、今は心強い味方に見えてきました。明日、話すのが楽しみです」

【コーチから経営者のあなたへ】

藤原社長のように、「自分が現場を離れたら会社が変わってしまうのではないか」「他人に任せるのが怖い」と一人で抱え込んでいる経営者は少なくありません。

しかし、組織化とは「あなたのコピーを作ること」でも「城を譲ること」でもありません。あなたが大切にしている「妥協のないコア」を共有し、それを強固にするための仕組みを仲間の知恵で組み立てることです。

あなたが絶対に手放したくない「一番大切な魂」は何ですか? それを信頼できる仲間に手渡す対話を、ここから始めてみませんか?